成舟 かんとりーL!FE

成舟のブログです。

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高知の師匠。

そんな言葉を本人には一度も言った事はない…。

でも僕はずっとそう思っている。

池マサトさん。

出会った当時は【ちいぼ】という名前でライブをやっていた。

池さんに出会っていなければ、今の成舟の歌は存在しなかったと思う…。

心・技・体、全てを音で教えてくれた音楽の師匠である。

「歌、やりゆうがかえ?」
「あっ‥、はっはい、やりだしたばっかりです」
「ライブやりたい?」
「えっ?ライブ?あっ‥はい、やりたいです」
「オリジナルは何曲あるで?」
「今…、3曲くらいです」
「ほいたら、あと2曲作ったら1曲だいたい5分くらいやとしても、30分ライブができるで!」
「はっはい、あと2曲…、ですか…」
「うん、それか更に5曲作れば10曲やき60分ライブができるけんど、どうするで?やるかえ?」

…最初に池さんと話した会話があまりにも唐突すぎて、思わず「はいやります!」っと言ってしまった。

ある意味ライブよりも緊張した瞬間だった。

こうして成舟初のワンマンライブは、そんな初対面の進行で決定し、本番は60分間歌いきった。

内容はどうあれワンマンライブをさせてくれた池さんに感謝の気持ちでいっぱいだった。

何も聞かず、いとも簡単に自分にチャンスをくれた人は、はじめてだった。

そして、その後の人生においても、そうそうチャンスは転がっていない事も事実だった・・・。

生で池さんのライブをはじめて見た時、こんな人がいるのかと本当に驚いた。

超越したギターテクニック。
聴いた事のないハーモニカの音色。
人生がにじみでている歌詞の深さ。
何より凄かったのは、今にも魂が飛び出てきそうなくらいの強い気持ちで歌う姿だった。

ライブのMCがなくても十分すぎるくらいの、歌だけで創りあげられる世界観。

ずっと探し続けていた人。

「歌を始めるなら池さんを見に行った方がいいよ」。

当時の同じ職場の先輩に、アコースティックギターを弾きながら歌ってみたいと伝えた時、

先輩はこう言った。

『イ‥ケさん?』聞きなれない名前だった。

メキシコシティーというライブハウスにいけば会えると言われ探し始めたが、店は既になくなっていた…。

今から10年程前の高知市内の路上は、オリジナルの歌を歌っているミュージシャンで盛り上がっていた。

そして、マナーも素晴らしかった。

なるべく歌っている人と至近距離で歌わないよう、既に歌っている人の邪魔にならない距離で

それぞれが場所を探し歌を歌う。場所がない時は、先輩方の曲を聴き研究する。

そんな暗黙の了解の空間が存在していた。

しばらく聴いていると「ここで歌う?」「ちょうど終わる所やったき」っと、

まだ数曲しか歌ってないある先輩は、そう言って場所を譲ってくれた。

ほんまにカッコいい先輩方が存在した時代…。

礼儀正しい歌唄いを見ると「池さんですか?」っと、とにかく話しかけた。

いつの間にか勝手に想像だけでの池さん像を作り、池さんという人は、

絶対にマナーのある歌唄いだと思い、日々池さん探しを続けていた…。

その後、いろんな繋がりから喫茶店で、ライブをやっている事がわかりライブを見に行った。

想像を遥かに超えた芸術家だった・・・。

池さんは、僕にとって永遠の師匠であり10年経った今でも、あの頃のように

池さんを探し続けている自分がいる気がする。

今は、池さんが好きだった宮沢賢治の街。

岩手県盛岡市の街で、あなたの背中探してますよ・・・。

【やるかやらんかの世界】。

【しょせん、一本道以外歩けない】。
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最近、自分のブログの中で再会したSORAさん。

僕が東京時代に路上やライブハウスで歌ってた頃、出会ったお客様。

僕の音を知っている方との嬉しい音の再会。

そのSORAさんのブログ【空色CURTAIN】は、最近リンクに登録致しました。

私、成舟との新たなつながり。

SORAさんのブログも、皆さん是非見てみて下さ~い。

というわけで今日、久々に拝見させて頂き…、なんとビックリ!

僕が東京で一番好きだった場所!

吉祥寺、井の頭公園の写真が~。

そして、僕が良く歌っていた場所をそのまま写してくれてました~。

5/9、最近ですね~。

えいなぁ。

吉祥寺…、俺も行きたいなぁ。

写真を見てとても嬉しい気持ちになりましたよ。

感謝です。

まさに、僕が歌っている時に見ていた景色もそのままです。

本当に嬉しい。

自分じゃない誰かが、自分の記憶を辿りよみがえらせてくれるなんて考えてもいませんでした。

そういえば、本気で東京と戦っていた時期やなぁ。

僕にとってのこの公園は、都会の中で唯一、音が生きて帰ってきた場所なんです。

外人の方なんて、歌詞わかんなくても真剣に歌う僕を真剣に見つめて聴いてくれたなぁ。

サンシャインライトの曲が終わった時、黒人の団体が「オゥ~ライ!!」「スゴカッタ」っと言って

沢山の拍手をくれた。

拍手のあと、【ジーン】っと胸の奥に残るものがあった。

あの瞬間が、路上をやっていて一番嬉しい瞬間である。

そんな素敵な時間が、まるで昨日の話しの様に鮮明に思いだされます…。

本当にありがとうSORAさん。

感謝!

ほんまに感謝ね!

吉祥寺、ありがとう!

この森の音は心にず~っと消えないんやなぁ。

リンクにある【空色CURTAIN】!!

皆さん是非!!
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今朝は、起きてすぐ清志郎さんのCDを聴いた…。

社会や政治、世の中へのメッセージをいつの時代も変わらず歌っていた清志郎さん。

心にロックが染みる…。

涙よりも大きな大きなロック…。

清志郎さんが亡くなってから、連日テレビで過去のライブ映像が流れる。

そして、良く流れる歌。

「僕の好きな先生~、僕の好きなおじさん~」…、

はっとする。

僕の好きな先生も僕の好きなおじさんも、最近は身近で見ていない…。

そんな気がした。

そして、清志郎さんの【死】から、見えたもの。

それは、清志郎さんが続けてきた勇士が…、その全てが、今の僕の好きな先生の姿だと…。

つまり、その歌詞の中の先生は、最後は清志郎さん本人だったという事。

本当に素敵なミュージシャンであり、ロッカーであり、好きなおじさんだ。

葬儀で、甲本ヒロトが言っていた言葉に共感…。

清志郎さん!

あなたにサヨナラは言いません!!

それは、あなたの口から言って下さい。

本当にありがとう~~~~~~~~~~~~~~~。

ありがとう。





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青空、月、その狭間で広がる波紋。

その繰り返す波の層を、この手はつかもうとする。

一つ水にひたした音は、鼓動に変わる。

地響きのような、メロディはかすかな命をたぐりよせはじめる。

愚かさを知る。

こんなにも、大きな世界がある事を感じられる事が生きている意味だ。

なぜこの星の人々は、綺麗な物に感動を覚えなくなったのか。

なぜこの街の夜空は、日々曇り続け、星の姿を消してしまうのか。

それは、愚かさに気づかない人間そのものが創りだした世界。

雲は常に流れ、形を変え、いろんな顔になり、目になり、見ている。

全て見ている。

この世に存在する全ての生き物の、考えている事。

あなたの、心の、その目の、奥の奥の奥まで、見ている。

全部知っている。


【2006年11月。東京。】

お酒も入ったからなのか、当時、急にこんな言葉を前の掲示板に書いていた。

今でも、何故、この詩を書いたのかは分からない。

ただ、なんとなく、前の掲示板を見ていて浮かんだのは。

田沢湖である。

東京にいた頃のある夜、現実と理想の狭間に見えた大きな世界。

都会も住めば都ではあった。

今でも、大好きな街は沢山、心に残っている。

大切な出会いや仲間が教えてくれた第2の故郷:東京である。

そして、この詩の1年後、導かれるように田沢湖に来た。

描いた大きな世界は、実際に触れると、心に染みてくるのが分かった。

でも、都会でも田舎でも、変わらない。

何も変わらない。

そう思った。

それは、人。

人間そのものの中にある、思想。

自分が、周りに流されない信念を貫くと言う事が一番大切なのだと。

再確認した。

東北に住んでみなければ、高知も東京の事も、その時の自分も分からなかったと思う。

孤独。

人生は、自分との戦いなのだ。

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昨夜は、田沢湖駅近くのお気に入りのお店へ飲みに行った。

その店のママが作るピザが絶品の味でどうしても食べたかった。

店につくと久々のママとマスターの笑顔に再会。

ビール、ワインと例のピザをいただき、いい感じになった。

すると「最近ライブやってる」?っとママ。

「実は色々あってまた、ふりだしです(笑)」っと俺。

ママは、「また次があるよ!」っと言った。

1年ぶりの再会だったがそんな感じは全然しなかった…。

言いたい事をすぐ理解してくれているようだった。

ありがたい、ありがたい。

そして、マスター【尾崎さん】と初セッション。

久々に歌った。

東京生まれの方なので、東京話しや音楽の話しで気があった。

もともとはパンク系のベーシストだったとの事。

我が成舟も魂のアコースティックロックなので、ロック魂同士として、セッションも噛み合った。

多くを語らず、僕の音にただ耳をかたむけギターで答えてくれた。

音楽を良く知っている音だった。

音で会話をしたのは何年ぶりやろ?

共鳴…。

久々だった。

リードギターでチョイスするフレーズが繊細でセンスがある方だった。

何曲かやってると、ふと尾崎さんが、

「気がつくともう14、5曲は歌ってるね(笑)」。

「へっ?そうでしたっけ(笑)」。

夢中だったので、覚えてない。

そして、一緒に飲みにきていた友達が、「楽しい歌が聴きたい」っと言った。

思わず考え、そういや俺、楽しい歌ってないなぁっと思った。

でもリクエストに答えたかったので、即興をする事にした。

「楽しい 歌を 僕は 作れないけど 
 明日は 今日より 一つ 笑える物を 作ろう…」。 などという言葉が勝手にでてきた。

もう気を使うのはやめにしよう。

そう思った。

東北きてから1年。

東北人になろうと気を使っていた…。

馬鹿らしいっと思った…。

今更ながらに地元を愛する気持ちでいっぱいになった。

どうあがいても高知人は、高知人や。

嫌われたって、笑われたっていいがちや。

土佐弁の何が悪い。

そんな気持ちを全部ひっくるめて…、どうでもいいやっと思った。

いい意味で開き直っていた。

気がつくと、お店に団体のお客様が入ってきた。

気にせず歌を続けた。

うるさいっと言われれば止めたらいい。

ところが、しばらく歌を続けていると予想外の展開が…。

団体客の1人がこっちへ来て「何かいい感じの音楽が聞こえるねぇ」っと笑顔。

その後ろから「所長~所長~」っとお連れの方々が呼んでいた。

「はじめて来たんだけど、素敵な店だ」っと言っていた。

そのあと色々聞いてきたので高知~東京~田沢湖~盛岡の経緯をかなりおおまかに話した。

〔長くなるので、あくまでも、おおまかに(笑)…〕。

酔っ払った所長さんは、隣に座り何曲か聴いてくれた。

そのうちの1曲、月面ブルースDE UNOは明るめに、テンポ良く刻んで所長へ歌った。

所長はノリノリで途中で「はぁ~♪あ~♪」とか「んたっ、んたっ」とかの斬新なコ~ラスをのせてきた。

ラップのようだった。

みんな所長のコ~ラスにのっていた。

かなり感受性の豊かな所長だ。

盛り上がったあと名刺を頂いた。

また会えそうな気がする【嬉】。

所長が帰り、気がつけば3時間くらい歌いっぱなしだった。

そして、再び尾崎さんとギターの話しをした。

この店にあるギターは、500円~何千円程度の安いギターをリサイクルショップで買ってきた物や

譲ってもらったりした物ばかりで、細かい部分を全て尾崎さんが手直しして今の音があるのだとか。

驚きだった…。

そんな風には見えないくらい高く見え、音も良かった。

でも良く見るとネックやフレットの所々に板を挟んでいたり、綺麗にボンドで後づけしてあるのが

分かった。

尾崎さんのギターへの愛を感じた。


高い楽器や機材を持っていても使いこなせていなかったり、気持ちがなかったり、

理論の話しの上では技術のアドバイスをしてくるが実際の技術はその理論に

全く到達してない人より、多くを語らず500円のギターを素晴らしい音色に

変える努力を惜しまない人のほうが

よっぽど素敵だと思った。

むしろ時代の最先端であり、ECOである。

でも、その横顔は、それが普通の様な顔をして普通にビールを飲んでいた。

職人であり、修復士のような人だと思った。

そんな事を考えてるいる内にまたまた時間は流れ、気がつくと終電には間にあわない時間に…。

みんなで笑った。

まるで、東京の時みたいだった。
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